
今から27年前、乳がんが見つかり、
手術をすることになりました。
レストランの経営が順調で、
2店舗目のランジェリーショップ開業の
半年後、店が軌道に乗り始めた時でした。
通常は1ヶ月で退院できる予定が、
退院前日の血液検査の結果、
肝機能が異常値だったため、
ドクターストップがかかりました。
当時はまだこの分野の医療が
進んでいなかったこともあり、
処方された薬が原因で更に肝機能の
数値が上がり、他の治療方法はない
とのことでした。
味のない、高タンパク、高カロリーの食事と、
室内のトイレ以外は動いてはいけない、
本も読めない、天井とにらめっこの
入院生活が続きました。
ランジェリーショップ開業のため、
銀行から借金をしているので、
「その返済をどうするか?」
「自分がいない店がどうなるのか?」
退院したら直ぐに仕事に戻ることだけを考え、
リハビリも頑張っていたのに・・・
「この先どうなるんだろう?」
焦りと不安と死への恐怖と闘う、
辛く苦しい日々が続きました。
「自分ではどうすることもできない、
運を天にまかせ成り行きに従おう」
そんな静かなあきらめができたとき、
あんなに焦っていたことが嘘のように、
心も体も軽くなり楽になったのです。
強い願望や欲求は、執着となって
自分の心を頑なにし、
不自由なメカニズムに
なっていた事に気づきました。
そして、
初めて自分自身の心と体に
向き合うことになるのでした。
当時、癌は3年もてば、5年は大丈夫。
5年持てば、殆ど完治したということが
世の中の風潮としてありました。
「万が一、後3年で死ぬとしたら?」と
考えたときに、
「自分の人生は何だったんだろう?」
「何のために生まれてきたんだろう?」
「3年の命だとしたら、何をやりたいんだろう?」
ベッドの中で毎日考える日々でした。
そんなある日、一番大切なものは家族、
特に子ども、大切な家族との時間を
仕事によって犠牲にしてきたことに
気づきました。
それと同時に、
これまで感じたことのない、
仕事に対する感謝の気持ちが
心の奥から湧き出てきました。
「仕事ができることは幸せなことなんだ」
「仕事が本当に好きだったんだ」と
「家族の団欒があって、
仕事があれば、他には何もいらない、
それだけで幸せなんだ」と気づき、
物欲や金銭欲が極端になくなったことが、
その後の人生が楽になる大きな要因となりました。
そして更に、
その後の人生に大きく影響を及ぼす
気づきがありました。
長くなりましたので、続きは次回にします。